私は天使なんかじゃない






新天地へ





  そこは新天地。
  新たなる旅の舞台。





  私はクリスティーン・ロイス。
  BOSのモハビ支部所属。
  階級はナイト。
  主な任務は暗殺。
  現在の最優先任務は裏切り者である元エルダーのエリヤの抹殺。また、エリヤが創設したCOSの討伐。私はキャピタルに到達し、そこから船でルックアウトに向かった。



  「開け方?」
  「ええ」
  密林で得た戦利品が並ぶ市場の一画で青い髪の少女は困惑したように髪をかき上げた。
  ここはソドムの街。
  ポイントルックアウトと呼ばれる地域にある、唯一の文明地帯。
  人が住む場所は他にもトライバルという部族が住むカテドラル、スワンプフォークと呼ばれる原住民が密林の中、そして最奥で暮らしている。とはいえ安全な場所と呼べるのはここだけだろう。
  ……。
  ……少なくとも市長バルトのルールを守っている内は。
  だがルールには必ず穴がある。
  まさかこんな場所に西海岸のヴァン・グラフ・ファミリーがいるとは思ってなかった。
  なかなかここは胡散臭い街だ。
  もちろん、どこに行っても胡散臭さは消えないだろうが。
  小狡くないと生きていけない時代。
  腰には9oピストル。
  帯びている武器はそれだけ。
  ソドムの街は小型拳銃以外帯びてはいけないことになっている、心許ない限りだ。
  「開け方は分かんないなぁ」
  「そう」
  シーリーン、と名乗ったスカベンジャーは当惑している。
  それもそうだろう。
  私がこの子から買った小型の金庫、本当に小型で両手を合わせた程度の大きさなのだが、ダイヤルも鍵穴もない、ただ四方に溝があるから、一応開くのだろう。
  どう開けるか、私は大体見当はついている。
  音声式だ。
  たぶん音声で開く仕組み。
  問題は合言葉方式なのか、それとも同じ声音でないと開かない……つまり、鍵となる人物の声でしか開かないのであればお手上げだ。
  どう見てもこの代物は戦前の物。
  鍵となる人物が生きているわけがない。
  「買うのやめる?」
  「いただく」
  「毎度あり。30キャップでいいっすよ」
  30キャップ支払う。
  彼女にも分かってる、基本的に開けるのは不可能だと。だから安いのだろう。とはいえ万が一これを開けれるのであれば中身はお宝かもしれない。
  お宝、つまりは何らかのハイテク。
  BOSの習性みたいなものだ。
  「……」
  視線を感じる。
  どこ?
  屋根の上だ。
  市長の警備兵が街を監視している。ただ、普通に監視しているだけではない気がする。約一名、こちらずっと見ている。
  まさかばれたか?
  エリヤの手の者かもしれない。
  COSはルックアウトに向かったのは分かっている。そしておそらく私の到着も知っているだろう、エリヤは油断ない相手、気を引き締めてかからないと無駄死にになる。
  気を付けないと。
  「ここには何しに来たの? あたしは宝探し」
  「個人的なこと」
  「ふぅん? まあいいけど。頑張ってね。あたしさ、実は欲しいものがあるんだ。それで手持ちのジャンク品を売っている最中なのさ」
  「欲しいもの?」
  興味はない。
  社交辞令のようなものだ。
  とりあえず聞いてみる。
  「銀のオルゴール」
  「銀のオルゴール?」
  「そー。海底から引き上げられた輸送船にあったんだって。引き上げたスカベンジャーはラッキーだよねぇ。何としてもお土産に欲しいんだ。あっ、あたしの出身はキャピタルね。あなたは?」
  「西海岸、とだけ」
  「マジかぁ。あたしも昔いたんだー」
  「そう。じゃあね」
  「毎度あり〜」
  「ええ」
  軽く頭を下げて私は市場を後にした。
  食事でもするとしよう。



  ハウス・オブ・ウエア。
  マダム・パナダという年齢不詳の女性が切り盛りする、露店の店。
  この街は必ずルックアウト市民銀行で市民章を買わないといけないルール。それをしていないと密入国扱いで処刑される、らしい。だから真っ当なルートで入った人間は必ず市長に会う、
  そして市長からこの街のお勧めなどを聞くことになる。私も会った、市長に。その際に勧められたのがこの店。
  「はい、お待ちどうさま」
  「どうも」
  出されたのは野菜の盛り合わせ。
  ドレッシングを掛けて食べる、シンプルな食事。何の野菜だか知らないけど新鮮なのは確かだ、モハビではいざ知らずキャピタルではなかった代物だ。
  また視線を感じる。
  どこだ?
  どこからだ?
  「……」
  「お客さん、どうしたの?」
  「お構いなく」
  完全に私はCOSに捕捉されていると考えていい。
  元々エリヤはエルダーで、モハビ支部の私は当然彼の部下だった。エリヤ失踪に付き従った元同僚も多い。私の顔も見知っているだろう、補足されて当然だ。もちろんそれは分かった上で
  行動している。下手な小細工して密航するよりも、連中の監視の中にいた方が動向を探り易い。ここで何をするつもりかは知らないけど私の監視で向こうは手駒が割かなければならない。
  そこから何か零れ落ちるかもしれない。
  「何か変わったことない?」
  「変わったこと?」
  「ええ」
  「そうね……ああ、最近沖合で何かやっている奴らがいるね。船が何隻もいつも浮かんでる。あそこで素潜り大会でもしてるのかね」
  「沖合、船、何隻も」
  COS?
  駄目だ、この程度では何とも言えない。
  だけど探ってみる価値はあるだろう。
  「他には?」
  「他に、うーん、キャピタルでエンクレイブが戦争を吹っかけてるとか。キャピタル、勝てると思う?」
  「さあね」
  エンクレイブは強大だ。
  私がキャピタル・ウェイストランドを経由してポイントルックアウトに向かう際にはエンクレイブは全土を掌握していた。向こうでは赤毛の冒険者とかいう少女がいるらしいけど勝てないだろう。
  だが興味ない。
  私の目的はエリヤの抹殺、それだけだ。
  マダム・パナダは喋り続ける。
  大抵は取るに足らないゴミのような話。
  「市長のバルトにも困ったもんだよ、確かにトバルがいた頃よりはここは良い場所になったけどね、税金が高過ぎる。トバルっていうのはルックアウト初期の人物でね、ああ、私も初期からいたんだけども」
  「ふぅん」
  ほとんど聞いていない。
  私は残りの野菜を食べて席を立った。
  もう用がない。
  前払いなので食べ終わればそのまま席を立つだけ。私は気分転換に港の方に向かう。ソドムの南の方だ。
  この街に来て3日。
  COSの影は感じるがそれ以上に妙な感じが付きまとう。
  何だろう、この違和感は。
  一見すると街の古参の住人は親切。だけど実は妙に纏わりついてくる。何なんだ、あの感じは。
  ヘイリーズ・ハードウェアという雑貨店でもそうだった。
  やけにトバルとバルトの話を強調する傾向がある。何が言いたいのだろう。
  よく分からない。
  港に出る。
  港もまた活気で賑わっている。
  ここに来た者、帰る者を乗せる為にフェリー船の出入りは激しい。物資の積み下ろし、詰み込みも。
  たくさんのフェリーが接岸している。全てが元々遊覧船の類だった代物だ。スピードよりも積載量が重視された船群。
  たくさんの船がある。
  壮観ね。
  桟橋の淵まで歩き、立ち止まり、水面を見る。ここなら邪魔にならないだろうし物思いに耽れそうだ。
  素晴らしい光景。
  ベロニカにも見せてあげたい。
  ふと、かつて愛し合った最愛の女性の顔を思い浮かべ、ウルトラ・ラグジュでの最後の長い夜を思い出す。それから私は何を考えているのかと自問し、考えのをやめた。
  過去の話だ。
  過去はいつまでも留まってはいない。
  お互いに忘れることにした。
  そう、忘れることにしたんだ。今は仕事のことを考えよう。
  「沖合、か」
  COSはハイテクを狙っている。
  全組織力を上げてここまで来ているという情報がある、となるとここに何らかのハイテクがあるということだ。
  沖合で何かを探している、これは何かの符号だろうか?
  偶然?
  ……。
  ……見過ごすことが出来ない、偶然だ。
  調べる意味はある。
  だけど相手の数は多い、どの程度の船団になっているのかは分からないけど、相手には組織力があり、BOSの軍隊は私だけ。到底喧嘩にならない。となると船のバージョンを上げるしかない。
  一撃離脱の機動性があれば、何とか。
  「ないか」
  見渡す限り船足の遅い物ばかりだ。
  いや。
  それオンリーと言ってもいい。
  相手が数で勝っている以上、船足が遅いとただの的でしかない。
  どうする?
  「あれは……」
  物凄い爆音を上げて1隻のジェットボートが水を切り裂いて進んでいる。
  近くにいた船乗りに声を掛ける。
  「ねぇ」
  「あん? 何だい?」
  「あの船は?」
  ジェットボートを指差す。そのジェットボートは彼方に去って行った。
  「ああ、あれはビイハブ船長の船だ」
  「ビイハブ船長?」
  誰だろう?
  「知らないのか。ああ、ここに来たばかりか?」
  「3日前」
  「そうかい、そりゃ仕方ねぇな。ビイハブ船長はな、馬鹿でかいUシャークってサメを殺すことに命を懸けてる人さ。元々は腕の良い船乗りだってたんだがな、Uシャーク足を食い千切られて以来
  復讐の鬼にになっちまっているんだよ。復讐以外に興味ないようでな、人との関わりを持とうしない。前は気さくな良い旦那だったんだがなぁ」
  「ここにはいつ戻るの?」
  あの船は良い。
  実に良い。
  何とか譲ってもらえないだろうか。
  もしくは……。
  「戻る? ここにはたまに補給に来るだけさ」
  「補給に?」
  ここの住人ではないの?
  「船長はヘルメツ島の住民だ。島には街がある。波止場の街、つまりはハトバって名前の街だ。ソドムよりも古い街だ。ただ、ソドムとは交易していない。何しろあそこは自給自足の街でな、ここの
  税金が払えない。分かるだろ、ソドムの街に入るにも金が掛かるからな。だから波止場の連中はここまでは来ない、船長もたまに補給に来るだけだ」
  「ヘルメツ島、それはどこに?」
  「行くのかい?」
  「ええ」
  「ここから南東に浮かぶ島だ。昔はデルタ・リオ、イスラポルトと三角貿易していたんだが、Uシャークが連絡船を沈めまくるんでハトバは孤立しちまったのさ。危険な航路だから高くなるがどうするね?」
  「お願いするわ」
  「分かった。準備があるならしてきてくれ。待ち合わせはどうする?」
  「1時間後に」


  ヘルメツ島へ。